Chapter 0- Briefing

うらさびれた山小屋の中、今にも崩れ落ちそうな木製の机の上にボロボロの本が鎮座している。

開け放たれた扉から吹き込んできた風によって表紙が捲れ、パラパラとページが捲くれ上がっていく。

やがて風が止むとともにページも捲られなくなる。それは丁度文章が書き連ねられてある最後のページだった。

そこにはこう記されている。

『俺の名は渡会狩人わたらい・かりと。

この文章が読めるという事は、俺と同じ世界の人間であると仮定して話を続けようと思う。

俺がこの世界・ ・ ・ ・にやって来たのは20XX年X月XX日、日本の現地時間でPM8時半前後だ。少なくとも最後に時刻を確認した時はそれぐらいの時間だ。

この場所で目覚める前の最後の記憶はVRMMO型ミリタリーシューティングゲーム、<ワールド・バトルグラウンド・オンライン>のマーセナリー・モードを選択した辺りだ。それ以降どういった経緯でこの場所に居るのかという理由は俺にも全く分からない。

考えられるのは運営者側で何らかのトラブルがあったのか、もしくは物資・所持金無限設定でゲームを進めようとしたせいでバグが起きたかぐらいしか俺には想像がつかない。だけど物資・所持金無限設定は俺以外の廃プレイヤーなら大概は取得している特典だし、そのせいでバグが起きてプレイヤーに危害が及ぶような話も聞いた事が無い。

ともかく―自分でも未だに信じられないんだがもう受け入れる他ない―目覚めた時には俺はゲーム開始時の姿と化していた。顔も体も身長もゲーム開始時に設定したまんまのものになってたから鏡で見た時はそりゃ驚いた。リアルの自分より格段にマシな見た目ではあるけども。

だけどもっと驚いたのは、この世界がこれまでプレイし続けてきた<ワールド・バトルグラウンド・オンライン> ……ああ一々フルネームで書くのはめんどくさい、ここからは<WBGO>という通称で進めよう……ともかく俺がプレイしていたゲームとは全く違う設定の世界だという事だ。

何せ<WBGO>の世界はSFに片足突っ込んだ近代戦が舞台であって、空をドラゴンや翼が生えた鳥以外の生き物が登場した覚えは……いや特殊ミッションとかに出てきた、遺伝子操作で突然変異を起こした生物兵器って設定のタイ○ントやゾ○ビもどきなら何度も相手にしたけどそれはともかく。

初めて頭上をドラゴンが飛んで行くのを見た瞬間はそりゃ驚いたさ。唖然ボー然でずっと上向いてたせいで崖から転げ落ちて……間違いなくこの世界が現実である事を思い知らされた。主に激痛で。<WBGO>じゃプレイ中は銃で撃たれようが爆弾で吹き飛ばされようが痛みは伝わらない仕様なんだから。

初めの1週間は現実を認めたくなくてずっとこの小屋に篭っていた。

次の1週間で現実を受け止めて状況把握に終始した。

それからつい最近まで出来る限りの事を試しながらこの小屋に他の誰かが来ないかずっと待ち続けた。

今日この日まで試行錯誤して分かった事は、直前まで所持していたありとあらゆる武器や装備をこの世界でも自由に使える事、俺の身体が見た目だけでなく習得したスキルもまた<WBGO>内での仕様そのままに発揮できるという事。

――――そして俺以外のプレイヤー、いや、向こうの世界の人間がこの場所にやってきそうにないという事だ。

地球の暦で言うなら優に1年はずっとこの小屋に篭っていた。小屋の裏手に綺麗な湧水を見つけたのと、回復アイテム扱いだった筈のレーションも無限仕様じゃなかったらとっくに飢え死にしていた筈だろう。

向こうの世界の俺は孤独だった。リアルじゃいじめにプッツンして主犯連中を病院送りにしたせいで高校中退、同じ頃に両親が事故で死に。そのままダラダラと1人引きこもって親の保険金食い潰しながらゲーム三昧。ネットワーク上以外の人間関係なんて無いも同然。孤独な毎日。

俺はそれで十分だと思っていた。

本当の孤独なんて知らなかった。

俺は自分が甘かった事を思い知らされた。

もう耐えられない。文字通りの意味で自分以外の誰とも顔を会わせず、喋らず、触れ合わない事がどれだけ辛いのかを、この世界に来てから思い知らされた。

――――これ以上ここに閉じこもっていたら気が狂いそうだった。

だから俺はここから出ていく事にした。

誰でもいい人の顔が見たい。人の声が聞きたい。この世界が本当にファンタジーなんだとしたらエルフとか猫耳だろうが犬耳でも構わない。何だったら人の言葉をしゃべるドラゴンでも何でもいい。意思疎通が出来るなら幽霊だって大歓迎だ。

もう、一人ぼっちには耐えられない。今の今まで自分の頭をふっ飛ばさなかったのが不思議なぐらいだった。無人島に流された漂流者もこんな気分なんだろう。

この世界にやって来た同胞へ。俺は北に向かう。小道に沿って坂を下れば開けた道に出る筈だから、そこに出て左が北に向かう道だ。

願わくばこの文を読める同胞が現れる事を俺は望む。そして実際にそうなったら、ソイツは忘れないでいて欲しい。

――――自分は1人じゃないんだと。少なくとも俺という同類がこの世界にも居るという事を。

幸運を祈る。』

もうどれだけ歩いたのだろう。

3日3晩歩き続けた。食事をする時と睡眠を取る時以外は日が暮れても動き続けた。体感的にはもう100kmぐらい歩いた気がする。

肉体的な疲れは殆ど感じていない。<WBGO>のマーセナリー・モードのシステムは近代戦版MMORPGに近い内容で、与えられた任務やトレーニングをクリアする事によってゲーム内のプレイヤーのランクが上がっていくと同時に経験値が獲得でき、それを割り振る事でパラメータが強化されていく仕様となっている。

彼のLPライフポイント・筋力・スタミナ・俊敏性といった身体能力はカンストクラスまで強化されているので、ほぼ無尽蔵といっても過言ではないが、それはあくまでマーセナリー・モード内限定の話。

<WBGO>には最大限現実的な設定下プレイヤー同士の戦闘のみを純粋に行えるタクティカル・コンバット・モードも実装されていた。そちらは演出が派手気味で実際に人が死なないという点を除けば本物の戦場とそっくりな仕様。

タクティカル・コンバット・モードに於ける狩人のランクは中の上程度。現役の軍人も多数参加している中ではかなり上等な部類といえるだろう。

なお、現役軍人やリアル重視のプレイヤーは主にパラメータが最低限のレベルで固定され回復アイテムや特殊なアイテムの大部分が登場しない、現実的でシビアかつ緊迫感溢れるタクティカル・コンバット・モードを、純粋にゲームとしての爽快感を楽しみたいプレイヤーはマーセナリー・モードに篭りやすい傾向にある。

勿論どちらのモードも数多のMMOゲームと同じく他のプレイヤーとチームを組んで任務に参加したり、敵同士に分かれてプレイヤー同士の戦闘も楽しむ事が可能だ。

加えて今の狩人はマーセナリー・モード限定で登場する強化外骨格を兼ねた特殊アーマーも装備していた。

これは装備する事でダメージの軽減以外にも様々な付加効果を得る事が出来る、所謂RPGでありがちな魔法の鎧的存在だ。使用されている技術は魔法ではなくれっきとした科学技術、という設定なのでむしろSFに近い。それらの恩恵により護身用に腕の中に抱えられているライフルも乾いた木の枝も同然の軽さだ。

現在の狩人の装備武器はM14EBRと呼ばれるライフル。

スプリングフィールドM14自動小銃の特殊部隊カスタムで口径は7.62mm。

ゲーム内でも(そして現実でも)高い威力にフルオート連射可能な機構、狙撃銃としても使えるクラスの精度と距離を問わない万能さを誇る高性能ライフルだ。その分反動も大きめで扱いにくくはあるが、極限まで強化された筋力とアーマーの付加効果(反動吸収UP)、何より狩人自身の技量なら十分以上にこの銃M14EBRの性能を発揮できる。

限界まで極めたステータスと装備の恩恵により、狩人の歩行速度は3日3晩歩き通した今でも微塵も落ちていない。

だが彼は別の理由で限界を迎えつつあった。

延々と続く終わりの見えない道。擦れ違う者は皆無。エルフとも猫耳とも犬耳とも上半身人間で下半身動物な半獣人とも遭遇できていない。

彼――――渡会狩人は未だ孤独から脱していなかった。

人は生きている限り、歩いていようが寝ていようが何もしていなくても腹が減る。

空腹を覚え木陰に腰を下ろした狩人が装備品リストからレーションを選択すると、虚空からレトルトパックが2つ手元に現れた。

中身はとり飯とハンバーグ。付属してある加熱剤で温めてからこちらも1食毎に付いている先割れスプーンでかっ込む。

<WBGO>内に於けるレーションは実質的には単なる回復アイテム扱いでしかなかったが、各国の軍で採用されている実物の数だけバリエーションが豊富に存在していた。

そうなってくると面白いもので、海外のプレイヤーは自国の軍が採用しているレーションだけを愛用するようになったりしていたし、一定数各国のレーションを集めたプレイヤーには特典が与えられたりもしている。狩人も現バージョンで追加された各国のレーションをコンプリート済みだった。

……それが結果的に異世界に飛ばされてからの命綱になるなどその時は思いもよらなかったが。

この1年各国のレーションを食べ比べてみた結果、やっぱり元が日本人なせいか日本仕様のレーション(自衛隊の戦闘糧食を再現したもの)が1番口に合う。

もっともメニューの設定はされていてもゲーム内の話である以上単なる消費アイテムの1つにしかすぎない筈のレーションが、この世界に来てからまともな食べ物へと変化していたのかは全くの謎である。

閑話休題。

「(今度からフランス軍のに変えてみるか・・・)」

思い立ったが吉日とばかりに懐から|PDA《携帯端末>を取り出すとアイテムボックス内からお目当てのアイテムを選択し、装備品と入れ替える。

PDAは<WBGO>プレイヤーがゲーム内にて運営側から真っ先に与えられる重要アイテムだ。

何があっても壊れず何があっても紛失する事も無い。イメージしただけでどこからともなく取り出せてどこにでもしまえる。尻ポケットに突っ込んだ次の瞬間今度は胸ポケットから取り出す、といった芸当も可能。

PDAは入手したアイテムの保管・装備品の変更だけでなく運営側からのお知らせや任務内容、仲間との会話のログの記録、マップ表示、所持金を消費しての支援要請など、ゲームを円滑に楽しむ為の様々な役割を果たす存在だった。だがこの世界にやって来てからはアイテムの保管と装備品の変更しか使えなくなっている。

装備品リストについてはプレイヤー1人につき装備できる重量が定められており、上限を超える重量の装備は不可能となっている。装備品の重量そのものは特定の任務やトレーニングのクリアによる筋力値の強化、もしくは筋力補助の付加効果が付いたアーマーの装備によって上限を上げる事が可能だ。なおアーマーそのものは装備品には含まれていない。

プレイヤー自身の強化による装備可能重量の上限は100kg。それさえ越えなければ狩人はどんな大きな物体でも軽々持ち運ぶ事が出来る。

装備品リストとアイテムボックス内の違いは、装備品リストに入れておけばイメージしただけで武器やアイテムを装備する事が出来るが持てる量には限りがあり、アイテムボックスに入れておけば幾らでも物資を保管できる分、PDAを操作してアイテムを選択、という過程を踏まなければならない、といった辺りか。

「……クソッ」

空になった缶詰を苛立たしげに足元に叩きつける。

1年目覚めた山小屋に閉じ籠りながら誰かが現れるのを待ち続け、遂に決心して小屋の外の世界に飛び出したのは良いものの。

僅か3日、されど3日。行動に結果が共わない現実に狩人はうな垂れる。

鍛えられた肉体を得られたとしても、屈強な肉体にふさわしい精神力も同時に手に入るとは限らない。

「(こんな事ならあの山小屋から離れない方が良かったんじゃないか?)」

今更そんな後悔をしたってもう遅い。自分は遠くに来過ぎた。今更元来た道を戻る気にもなれない。前に進むしかないのだ。

――――ガサッ

「っ!!?」

後ろの方から聞こえてきた草木が踏み潰される音に狩人は反射的に立ち上がってM14EBRを構えていた。

実は小屋で過ごしていた頃、周辺を探索していた際に似たようなシチュエーションで熊らしきモンスターに襲われた経験があった。熊らしき、というのは一見熊っぽかったが顔立ちは狼っぽくもあったし何故かシカのような角まであったからだ。流石ファンタジーともいうべき珍妙な動物だった。

遭遇した直後、驚きとビビりのあまり、思わず召喚したAA-12フルオートショットガン+ダブルオーバック弾をドラムマガジン丸々1つ分 (32発×ダブルオーバック弾1発につき散弾9発=合計288発)撃ち込んだらミンチより酷ぇやな有様と化していたが。ついでにそのグロさと本物の腸はらわたと血の強烈な臭いに吐いた。

ともかくその時の体験を教訓に――もし万が一人が相手だったらシャレにならない――狩人はM14EBRをいつでも撃てるように身構えながら目元に装着していたゴーグルの機能を作動させた。

一見フレームが太めの軍用仕様なデザインのゴーグルだが、実は任務をクリアして一定のランクに昇格すると支給される特殊ゴーグルだった。これ1つで望遠鏡・赤外線ゴーグル・暗視ゴーグル・索敵や透視もこなしてくれる高性能っぷりだ。

狩人の思考を読み取る形でスキャンモードを起動。視界内、距離にして15m以内ならば薄い壁の向こう側の光景もシルエットとして表示してくれる。実際の風景と透けたシルエットが寸分の狂いなく重なり合いながら視界内に映し出される。

「何だありゃ?」

ほんの僅かな瞬間だが動く影が見えた。その物体はすぐにスキャンの効果範囲外に出てしまった為、詳しい正体は定かではない。獣っぽかったような、人にも見えたような。

「少なくとも獣耳と尻尾はあった、よな?」

それにしてもかなり素早いのは間違いない。一瞬で森の奥に消えてしまった。あんな相手にもし襲い掛かられていたら―――――

「索敵レーダーのスイッチ入れとこう」

という訳でスイッチオン。心臓の鼓動を感知してゴーグルに位置を表示させる代物で、こちらの索敵範囲も大体15m前後。

空を見上げる。鳥が遥か高空を旋回していた。あの鳥みたいに飛べたら街とか村とか、ともかく人が居そうな場所なんてすぐに見つかるだろうに。

「無人偵察機(UAV)でも使って確認してみるかなぁ――――、っ?」

視界の端に鳥と雲以外の何かが引っ掛かった。目を凝らす。正体を見抜くなり狩人の両目が限界まで見開かれた。

それは煙だった。森に遮られ、どこから発生しているのか、何が発生源なのかは分からない。

だが火の無い所に煙は立たず、こんな森の中で勝手に火が起こる可能性も低いだろう。煙が上がっているのは丁度進行方向だった。

「人が居るのか…」

一旦、短く呻き、

「人が居る、人が居るんだ……!!!」

万感と共に再度呟くや否や、狩人は駆け出す。

最大限まで強化された身体能力と、筋力や瞬発力を更に上乗せする強化外骨格も兼ねたアーマーの付加効果によってその速さは100m走の世界記録も軽々上回れるぐらいの速度だった。

「人に会える、人に会える、人に会えるっっっ……!!!」

希望に突き動かされ、一刻も早く現場に向かおうと必死だった狩人は気づかなかった。

走り出した直後、更に森の向こう側から2本3本と煙が立ち上り、みるみる黒さを増して空を汚していった事を。

現場に辿り着くその瞬間まで異変に気付く事無く、孤独に囚われた黒髪の青年は我武者羅にひた走る。